Latest News

人種差別は必要??

僕は人種の差別は
絶対的に必要だと考える。

っと言っても
肌の色や身分や文化で
人を見下したり
爪弾きにする「それ」じゃない。

うちの親が教員で
子どもの頃から、

誰とでも仲良くしなさい
誰とにも優しくしなさい

それはそれは
口すっぱく言われて来たもので

どんな事があっても

我慢してでも
誰とでも仲良くしなければならない。

という固定概念が突き刺さっている。

当然、道徳的な思考としては
それは、素晴らしい模範者の
優等生思考なのだが

この思考を持ったまま、
若くして起業した僕は、

即効で叩きのめされる事になる。

しかも、それに気がつくのに
起業して数年を要した。

この思考だと。

肝心な

『守るべき人が守れなくなる』

愛すべき、家族や仲間や組織。

これら愛のプライオリティを
完全に無視した、
非現実的な価値観である事に
経営者となって気がついたのだ。

それは、ある時。

僕の考えてる音楽哲学を、

尽く
プロの演歌歌手に否定され
続けたことから始まる。

「そんな音楽はゴミだ!」
「そんな邪道な洋楽!」
「日本人のワビサビとは!」

みたいな話を永遠に
続けられたのだが
その時、自分の心の中に

何かしらの『余裕』があったのだ。

それは、

「あなたのジャンルはそうなのね」

という、一歩下がってみてる思い。

人間余裕があると不思議なもので
怒りも反発心も芽生えない。

「へーーそうなんだぁー」

で、簡単に片付いてしまう。

この体験を得て
ある事に気がついた。

そうか!人間には
完全にカテゴリーされた
属性があるのだと。

つまり、カナブンから
いくら「お前飛べよ!」と説教されても、
飛べないアリがいたり。

「お前、泳げよ!!」っと怒ってる
カエルがいたとしても、
泳げないトカゲがいる。

ただ、
逆にトカゲが水の無い
枯れた地でカエルに
「がんばれ!耐えろ!」
と言われ、いくら頑張っても
干からびて死ぬ運命にあわけだ。

この、
属性とカテゴライズは、

『人間にもある!』

つまり

誰もが仲良く
誰もが親しく
しなさいと植え付けられた
この強制的呪い道徳心は

この属性を無視した
まやかしであると僕は定義付けした。

嫌いな奴は嫌いでよくて
仲良くない奴は仲良くする必要がない。

ちょうちんあんこうは、
底でじっとしていて
イルカは水面で仲間と群れをなす。

これは、
生息地も
価値観も
習性も
海の中に生息してるという
カテゴライズの共通点以外は
『別』なのだ。

それが、
良いとか悪いとかの
判別ではなく
人種差別ならぬ
『人種区別』は、
人生において
自己責任で
ちゃんと選択をしないと
不幸にすらなる事が、
僕の中では立証されている。

ちょうちんあんこうの群れの中で
額を光らせろと、毎日怒られても
イルカの額は光らないのだから。

僕は、この事に気がつき
どこに本当の仲間が居るのか、
探し求めて来た。

この定義がある限り
周りから
バカにされても
笑われても
全くもって
問題なしなのだ。

同じ属性が
『ただ群れをなすだけ』
そして、それこそが
幸せの作り方だと言うことを、
心から実感している。

愛にはプライオリティがある。

イルカは、イルカの仲間より先に
ちょうちんあんこうを助けたりはしない。

限られた人生時間軸の中。

優先させる愛のフィールドは
明確な
境界線が必要なのである。


その他の戯言

テイナーズ
メディア革命戦争

2020年10月04日

テイナーズ
芸能界地殻変動

2020年10月03日